育児の雪かき

育児の雪かき

男の子双子2歳の育児真っ只中です。思ったことをそのまま書いています。

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文字のない世界に生きる

最近2人がよく開く本は、トーマス図鑑で

それは1ページごとか見開き2ページに、

1つキャラクターのデータがまとめられているもので

キャラクターの名前、

性格やそれにまつわるエピソードが説明されている。

 

2人はページをめくっては、「これは誰?」と聞くので

わたしは機械的

「トードだよ」とか「ダグラスだよ」とか、

「クランキーだって」と図鑑に書かれているキャラクターの名前を読み上げていた。

 

2人とも熱心に図鑑をみてはわたしに名前を聞くので、

もうすっかり主要なキャラクターの名前は覚えてるはずなのに、

それでも何回も、毎日おなじように

「誰?」「これは誰?」と聞いてくるので

 

あっ、これは文字に興味を持つかもしれない(持てばいいな)

と思って最近では、

「(ページに書かれたキャラクターの名前を指差して)マードック

て書いてあるね。マードックって言うみたいだよ」

と言うように心がけていた。

 

それを始めて数日、

夜にその日のことをなんとなく思い出しながらぼんやりしていて突然、

 

これから先、ミュウとミュウツーが文字を読めるようになっていくとしたら、

文字がない世界を生きられるのは今だけなのでは?

という考えに当たり

わたしはとんでもないことを、しようとしていたのか?

どうなの?!

とぐるぐるすることになった。

 

わたしは先日も紹介したように

ミュウの視点から見るあれこれが大好きで、

futakosodate.hateblo.jp

この感性を大切にしたいと思っていたのに、、

 

最近スポティファイで歴史のラジオを楽しく聞いていて、

文字の誕生をテーマに扱っていることがあって

そのときは、ふうんと思って興味深く聞いたけど、

ミュウとミュウツーが、

文字から得る情報に出会うか出会わないかのこの時期を思い浮かべながら

改めてこの段をきいてみようと思い、

再受講?したらなかなか良かった。わが子の状況に完全に当てはまるわけじゃないけど

わたしがまとめた要点(説明はもっと複雑で情報満点だったのでぜひ原本を聞いてください)

・文字を読める人とそうでない人での思考とか認識の方法は違っている

・文字があることによってメモができ、覚えておく必要がない分思考を先に進めるなどできた(数学の発展→書きながら計算する、メモリーしておけることで読み返して思考を俯瞰できる、途中から考えることができる)

・文字誕生以前、情報は「記憶」を「口伝」することでしか伝わらなかった

・文字誕生以前は記憶力に頼った情報の保存

・口伝は形容詞が派手派手しい。戦士、という表現は「勇猛果敢な戦士、屈強な戦士」など

・耳に残る必要があるので韻を踏んでいたり、派手な形容が多かった

・そこでわたしは「男はつらいよ」の寅さんの露店での講釈?音頭?を思い浮かべた

 


www.youtube.com

自分がまとまった文章を書くようになってから

考えがぐるぐるするようになったなあ、と思い至る部分とかもあって

なるほどなあのテーマだった。

自分の文字との出会いは思い出せないけど、あるとないとでは

暮らしが変わってしまうだろうな。

文字が読めると良い、読めないといけないとかいうことを言いたいんではなく

わが子の暮らしをよりよくしたいというボワっとした願いや欲が

このたび「文字が読めたらいいな」という期待に変わって

自分から働きかけてみようとしたことがなんとなく後悔であり

 

文字に出会ってこそ素晴らしい世界もあるはずなんだけど

いまは文字がなくてもいろんなものが素晴らしく見えているんだから

好きなだけそこにいてほしいと

反省した母でした。

 

普段勉強熱心でもないけど、なにか面白く学べたら嬉しいとおもって

聴き始めたラジオの情報が、今の暮らしと重なったのは面白かった。

youtubeでもスポティファイでもポッドキャストでも聴けるので

気になったひとは是非聴いてみてください。

 

あと双子は、図鑑のどのページをめくっても母が

キャラクターの名前を言い当てるのを、どんな能力だと思ってるんだろう

とも不思議で、文字から情報を得ているのを知らないとすれば

わたしは誰の名前でも当てられるすごい人になってるんじゃないかと

少し荷が重いです。